
何だか「俺」の車線だけ混んでいる!ってこと、ありますよね。
そんなとき、たいてい何台か先にいるのが、クレーン車です。
- 明らかに普通の車とは違う姿。
- あちこちからにじみ出る重量感。
交通の流れに合わせた走行なんて、一切考えていなさそうなその姿は、説明するまでもなく「遅い」って、誰もがわかります。

それにしてもクレーン車は、なぜあそこまでノロノロしているのでしょうか。
実はクレーン車には、一般の車には無い、独特な装備がいくつもつけられています。
そして、それらはすべて、クレーンの仕事をするという目的のために、全て、振られています。
そのため、道路ではゆっくり走ることになっているのです。
何も知らなければ、ただの遅い車。ですが、細かく見てみると、かなり「デキた車」であることがわかります。
クレーン車とは、何をする車なのか

クレーン車は、重いものを吊り上げて移動させるための、特殊車両です。
建設現場で、鉄骨やコンクリート部材を吊り上げたり、道路では、電柱や標識の設置にも使われています。
災害時には、倒木や瓦礫の撤去にも活躍します。
私たちが普段目にする様々な物は、クレーン車によって設置されています。
クレーン車の世界では、いかに「重いものを安定して吊れるか」が重要。
道路の走行なんて、どちらかといえばどうでもいいことなのです。

クレーン車には、いろいろな種類があります。そして、とても重いものを吊り上げるクレーンは、そのままの姿で公道を走行することはできません。大きすぎて、重すぎるので、分解して現地へ運び、再び組み立ててから作業を行います。そのため、私たちが巨大なクレーンを間近に見る機会というのは、あまりないのです。

私たちが道路で見かける「遅いな」って思うのは、たいてい「ラフタークレーン」という種類のクレーンです。
ラフタークレーンとは

「ラフタークレーン」は、クレーンの世界ではなかなか凄いやつ。
- 足回りはタイヤになっていて、公道を走行することができます。クレーンをバラバラにして運び、現地でセッティングするという作業をしなくてよいので、大きなメリットです。
- 荒れた場所も走行できるので、たいていの現場には入っていけます。名前の「ラフテレーン(rough terrain)」とは、不整地を意味します。
- ひとつの運転席で、走行とクレーン操作の両方を行うことができるのも、すごいところです。
ラフタークレーンは、「自分で走る」と「現場で作業する」を、一台でこなす頼りになる作業機械。
なんでもこなせる万能タイプなのです。
クレーンの中では、特別大きくはありませんが、作業のために一般の車には無い、珍しい装備がついています。その中の一部を見てみましょう。
ラフタークレーンの装備(一部)
アウトリガー

まずは、タイヤとは別に足がついています。
ラフタークレーンのタイヤはとても大きいのですが、そのまま重いものを吊り上げると、バランスを崩して車ごと転倒する危険があります。
クレーンは荷物を真上だけでなく、横方向にも動かします。
このときに、荷物の重さが車体の片側に大きくかかるのですね。

そのため、別の足を出して安定した状態を作る必要があるのです。
アウトリガーとは、クレーン車を支えるために張り出させる脚のこと。
普段は、車体に格納されています。
作業時は、アウトリガーを出して足を接地させ、地面に押し付け、車体をわずかに浮かせるようにして安定させます。
こうすると、荷重が4本の脚に分散され、クレーン全体のバランスが安定するのです。
また、クレーンには、設計上の最大吊上げ能力というものがあるのですが、アウトリガーを出さずに吊ると、吊上げ能力が大幅に下がります。たとえば、10トンの荷物を吊ることができるクレーン車であっても、アウトリガーを出さない状態では、3トンも吊れなくなってしまうのですね。
更に、クレーンの重量と吊る荷物の重を加えたかなりの力が、地面にかかることになります。
アウトリガーを張り出して「パッド」や「敷板」で支えることで、地面にかかる圧力を広い面で分散できます。
これにより、地面の沈み込みや傾きを防ぎ、安定した足場を確保します。
つまり、アウトリガーはクレーン作業に絶対必要なものなのです。
カウンターウエイト

次は「重り」。
クレーン車には、なんと重さ数トンもの重りがついています。
ブームを前に伸ばして荷物を吊ると、 前方へ“倒れようとする力”が働きます。それを後方の重りの重さで打ち消して、バランスを保つのです。
この「カウンターウエイト」は上部旋回体(上の回転する部分)の後ろ側 に固定されています。
クレーンの「お尻」に見える部分ですね。
重りは厚みのある鉄のブロック。重さは数トンにもなります。
ボルトで固定された一体構造で、外すことはできません。
この重さが、どのくらいのものまで吊り上げられるかという、クレーンの能力に大きく関係しています。
つまり重いことそのものがクレーンの安全性なのです。

軽量化が求められる一般の車とは、大きく違うところです。
クレーン車が遅い理由
では本題です。
なぜクレーン車はあんなに遅いのでしょうか?

重さ
ラフタークレーンの車重は30〜50トン。
先ほど紹介した、アウトリガーや、カウンターウエイトがついていますからね。
同じくらいの大きさのトラックの、2~3倍の重さになります。
動き出すだけで膨大なエネルギーが必要なのは、当然ですね。
またエンジンは、同程度のトラックと比較すると、やや小型なものがついています。
走行性能を高くすることもできるはずですが、横転などの危険性を考えて、ほとんどのメーカーでは、最高速度が50キロ(カタログでは49キロ)までしか出せないようにしています。
また、トルク重視の低速設計。
力はあるけどスピードは出ない、まるで登山用ギアのような構造です。
タイヤ
ラフタークレーンのタイヤは、低圧の大型タイヤ。
普通の大型トラックタイヤの空気圧の、約半分です(大型 約700〜900kPa ラフタークレーン 300〜500kPa程度 )。
これは、地面への接地面積を広くして、 軟弱地盤や砂利道でも沈み込みにくいようにするため。
また衝撃吸収性が高く、現場の段差をスムーズに超えることができます。
一方、公道では走りにくく、高速走行すると発熱や変形の危険があるため、構造上50キロ前後が限界となっています。
重心
重心が不安定です。
カウンターウエイトが後ろについているので、重心が常に後方寄り。
スピードを出すと、ブレーキやカーブで振られやすく、横転のリスクが高まります。
だから、ゆっくり走ることが安全を守る手段なんです。
ラフタークレーンの構造は、現場重視。走るための車ではなく、支えるための車なのです。

クレーン車が遅いのは、安全のために設計された、必然の遅さと言えます。
クレーン車を見かけたらどうすればよい?
私たちがクレーン車を見かけたとき、どのように対応すればよいでしょうか。
一般的に、クレーン車の後ろについたドライバーは、次のような心理状態になるといわれています。

まずは、「遅い」「進まない」という「いらだち」が起こります。
ラフタークレーンは、一般道で 時速40km/h前後で走行します。
周囲の車が追いついてしまうため、後ろについたドライバーは「なぜこんなに遅いんだ」と感じます。
このとき、ドライバーの脳内では、前方の遅い車に対する「制約ストレス」、到着の遅れへの「焦り」、コントロールできない状況への「不快感」が生じます。
結果として、「早く抜きたい」「信号で抜けるかも」といった、焦燥的行動につながります。
一方で、「この車、何だろう?」という、警戒心・不安を持つこともあります。
クレーン車の直後を走っている場合などですね。
ラフタークレーンは独特の形状をしており、ブームを載せた巨大な車体で走っています。
一般車から見ると、車幅が広い、ブレーキランプやウインカーが見えづらい、車線中央寄りに走るといった特徴から、挙動が読みづらく感じられます。
そのためドライバーは、「近づくのが怖い」「どう動くかわからない」といった、防衛的な心理にもなりやすいです。
さらに、「抜きたいけど抜けない」ことによる、葛藤も起こります。
片側一車線の道路などでは、追い越しが難しい状況が多いです。
このときドライバーには、「抜きたい」欲求と「危険だからやめよう」という抑制の間で、葛藤が起こります。
「運転行動の二重拘束」ですね。(ダブルバインド)
いずれにせよ、注意力の分散、イライラの蓄積がおこっているわけで、とても通常の冷静な判断が行える状態とは言えません。
そしてこれが、不用意な車間詰めや追越しの試みといった、リスク行動につながります。

この段階が最も危険です。
心理的ストレスが攻撃的行動へ転化し、無理な追い越しや接触事故を誘発します。
ここをどのように抑えるかが重要ですね。
一方で、経験豊富なドライバーや職業運転手の場合、「工事用車両だから遅くて当然。」「追い越せる場所まで待とう。」といった状況受容型の心理を取る人もいます。
ストレスが一定時間続くと、脳が“危険回避モード”から“自己防衛モード”へ切り替わる。
「諦め」による安定化ですね。
これができるタイプの人は、ストレス反応が低く、交通トラブルを起こしにくい傾向があります。
まあ、このあたりは運転に対する余裕の差というものでしょうか。
免許取りたての初心者や、普段あまり運転しないドライバーは、少しの渋滞でも問題視し、何とか回避しようと試むものです。
「よくあることだな」って思えないのですね。
クレーン車は「遅く走ることで安全を守る車」。それを理解するだけで、心に余裕が生まれると思います。
